
いち職員から、「アジフライ番長」へ
松浦=アジフライを定着させるべく、駆け抜けた1年
Text: Wataru Sato / Photo: Shintaro Yamanaka
市長が「松浦をアジフライの聖地に!」という政策を掲げ、問い合わせが増えてくると、市の職員は焦り始めました。なにせ、アジフライは家庭の食べ物。地元で常時アジフライを提供している店は多くなく、大挙して観光客が押し寄せても、困ってしまう。食と観光のまち推進課に所属していた市の職員・樫山まちこさんは、準備に奔走します。

来てくれる人の期待に応えたい
「実は、子供の頃はほとんど食べてなかったんですよ、アジフライ」。そう言って苦笑いしてみせた、松浦市職員の樫山さん。1年ちょっと前までは、食と観光のまち推進課のいち職員でしたが、プロジェクトが始まってからはどっぷりアジフライ漬け、現在は市長に「アジフライ番長」と呼ばれるほど。これまで何千匹のアジを、からりと揚げてきたのか、自分でもわからないと言います。
このプロジェクトがスタートして、樫山さんと課の職員が最初にしたこと。それは、市内のアジフライマップを作ることでした。
「『どこに行けば食べられるのか』という問い合わせに対して答えられないようでは、期待して来てくれたお客さんを失望させてしまう。その危機感があって、早急に準備しました」
そこで課の職員で手分けして、100店以上になる市内の飲食店を1店ずつ回り、行政としてアジフライのプロジェクトをどう考えているか、それが地元の皆さんにどんなメリットをもたらすかを伝えました。そして、協力してくれた20店を掲載してマップを作成。旅行者がいつどこに行けばアジフライが食べられるのか、ひと目でわかるようにしていきました。

松浦アジフライの定義とは?
次に、福岡からの観光客にアピールするため、福岡市内でのイベントを松浦市福岡事務所と一緒に企画。新鮮なお魚を使った定食を食べるならココと言われる、行列のできる人気店「梅山鉄平食堂」とコラボし、この店を3日間だけアジフライがジャックしました。題して「AJIFRY AFFAIR(アジフライ・アフェア)」。イベントの様子は福岡のテレビやラジオ、新聞等のメディアに取り上げられ、松浦の名前を多くの人に印象づけました。
その後も、評判を聞きつけたイベントプロモーターなどの声かけや、松浦市側からの働きかけもあり、都内や横浜、福岡市内でも各イベントでアジフライブースを出店。用意する約1,500枚のアジフライは、毎回完売するそうです。
「アジフライって、その場で食べてもらえるでしょう?だから、反応もダイレクトに返ってくるんです。『こんなにおいしいアジフライ、食べたことない』と言われたり、おいしかったからと追加で買いに来てくれたり。1日1,500枚も揚げるのは重労働ですが、お客さんの笑顔を見ると、疲れも忘れちゃいますね」
さて、それほどまでに人気のアジフライ、おいしさの秘密はどこにあるのでしょうか。
「実は、松浦のアジフライには定義があります。まずは、原料が松浦魚市場で水揚げされたアジ、または松浦近海で獲れたアジであること。そして、ワンフローズン(1回冷凍)までであること。お刺身でも食べられるような鮮度のアジを、その日のうちに捌いて、パン粉をつけて冷凍することで、揚げた時のおいしさを保っているんです」
フライにしても、元々の鮮度や身ぶりの良さが生きている。だから、ひと口で違いがはっきりわかるアジフライに仕上がっているんですね。

「お母さんのように地元のために働きたい」
この1年の活動を通じて、地元・松浦の認知度が上がってきている手応えをはっきり感じている樫山さん。今後の展開についても、さまざまなアイデアを聞かせてくれました。
「アジフライに添えるタルタルソースのオリジナルを作りたいなと思ってます。例えば、松浦で採れるパッションフルーツを使ったり、地元のお茶を使ってジェノベーゼを作ったり。アジだけじゃなく、松浦にはフグも海老もありますし、まだまだいろんな展開ができそうな気がしてます」
確かに。それにしても樫山さん、生き生きとして、楽しそうですね。
「子供たちからも言われるんです。『お母さん、最近お仕事楽しそうだね』って。『僕もいつか、お母さんみたいに地元のために働いてみたい』って。そんな姿を子供に見せられただけでも、このプロジェクトに携われてよかったと思います」
さて、大成功に思えるプロジェクトですが、樫山さんには悩みがひとつ。それは、「アジフライが注目されすぎてしまうこと」。プロジェクトの本来の目的は、アジフライを通じて松浦をPRすることであり、松浦市が新しくアジフライ事業を始めた訳ではないのです。イベント出店で飛ぶように売れていくアジフライを見ると、「食べて満足」で終わってしまわないか、一抹の不安もあるのだとか。
このプロジェクトが単発に終わらず、その後も長く松浦の発展に寄与するために。プロジェクトを後方支援し、地域と関わり続けてきた親和銀行の想いを、次回のストーリーでお伝えします。

MACHIKO KASHIYAMA
樫山 まちこさん
松浦市生まれ。1988年より市役所職員として勤務し、2017年4月から食と観光のまち推進課に異動。2018年よりアジフライプロジェクトに参加し、1回のイベント出店で5時間連続、計1,500枚のアジを揚げるアジフライ番長(市長命名)。「たっぷりの油を180℃にし、3分揚げて、1分冷ます。特別なことは何もしていないけど、元のアジが新鮮だから、とってもおいしいんですよ。」