ストーリーでつながる、銀行系地方創生メディア

bank baton

STORY 12 | 地域とコト

豪雨被災地、水俣・芦北の新たな魅力発信。
サステナブルな復興支援ストーリー

令和2年7月豪雨の被災地を観光復興の面からサポートする取り組み

熊本県の最南部に位置する水俣・芦北エリア。水俣市、芦北町、津奈木町の一市二町が不知火海(八代海)に面して並んでいます。古くから漁業が営まれ、陸では温暖な気候を生かした農業もさかん。また、魅力的な温泉地も点在するなど、観光地としても知られている地域で、九州新幹線の沿線でもあります。

水俣・芦北地域の豊かな森林、茶畑 水俣・芦北地域の気候を生かした農業、漁港
水俣・芦北地域の豊かな森林、茶畑、気候を生かした農業、漁港

昭和30年代に水俣病が公式確認されて以降、農水産業も観光業も長期にわたり苦難を強いられましたが、だからこそ、柑橘類の無農薬栽培など環境・健康に配慮した先進的な取り組みが行われてきました。また令和2年7月豪雨では、芦北町を中心に多大なる被害が発生。コロナ禍も相まって多くの住民が打撃を受け、今も復旧・復興の途上です。しかしそんな状況の中でも、水俣・芦北は力強く前進を続けています。

佐敷川と球磨川流域を中心に浸水
令和2年7月4日の豪雨で佐敷川と球磨川流域を中心に浸水。芦北地域の約1100棟が全半壊

インフラの再整備や生活支援と同時に、熊本県と水俣・芦北地域雇用創造協議会(※)が注力しているのが、観光復興です。令和3年6月には「ようこそくまもと観光立県推進計画(2021-2023)」も策定され、長期化するコロナ禍で落ち込みが大きい観光業を全力でサポートすべく、新たな企画を実施。同協議会の納(おさめ)さんによると、「水俣・芦北のまだ知られていない魅力を発信することを目的として、着地型旅行商品や新商品の開発、ネット通販やビジネスマッチングなど多角的な取り組みを行っています」。
令和3年11月~翌年4月には地元の生産者や事業者が主体となりながら、具体的な計画・実施・運営を納さんたち協議会と企画運営会社「ローカルデベロップメントラボ(LDL)」が担当。さらに熊本銀行もバックアップしました。

※水俣・芦北地域雇用創造協議会
水俣・芦北地域の経済団体等と熊本県、水俣市、芦北町、津奈木町で構成され、第一次産業の振興、六次産業化、観光振興等、総合的な産業振興に取り組む団体。事務局は熊本県芦北地域振興局内にあり、熊本県、水俣市、芦北町、津奈木町の職員が常駐している。

水俣・芦北地域雇用創造協議会の納さん
水俣・芦北地域雇用創造協議会の納さん

「コロナ禍で地域の方々と直接会えない時期もあり、不安もありましたが、どの事業者さんも本当に前向きで弱音を吐かないので、逆にいつも元気をもらっていました」と納さん。
今回の事業を構成する企画の一つが、地域の特産品にエシカルという付加価値を付けて商品化しPRする「水俣・芦北バトン」。この企画について納さんは、「企画会社のLDLさんから、SDGsとかエシカルをテーマにしては、というヒントをもらい、地元の人が見逃していた強みを前面に出してしっかり魅力を発信。『サステナブルの先進地』という新しい視点から、水俣・芦北をPRでき、今後の可能性の広がりを実感できました」と、手応えを語ってくれました。

実施企画の一部。こだわりの産品を使った新商品「水俣・芦北バトン」。 JR博多シティ9Fローカルテーブルで期間限定での販売を行った。
実施企画の一部。こだわりの産品を使った新商品「水俣・芦北バトン」。JR博多シティ9Fローカルテーブルで期間限定での販売を行った。

地域が大切にしてきた素材を再編集してSDGsを意識した新商品に。

今回の観光復興事業の中で、「水俣・芦北バトン」と銘打った新商品が全部で5種類開発されました。共通しているのは、人にも地球にも優しいものであること。この地に受け継がれて来た産品に、新たな付加価値を加えて生み出した新商品は、地域の豊かな資源を未来に受け継いでいくバトンそのものであるとも言えます。

	江戸時代から作られてきた「櫨蝋燭(はぜろうそく)」や、伝統料理をアレンジした「ハモと柑橘の棒(バトン)寿司」
江戸時代から作られてきた「櫨蝋燭(はぜろうそく)」や、伝統料理をアレンジした「ハモと柑橘の棒(バトン)寿司」など、それぞれ異なる魅力を持つ5種類の「水俣・芦北バトン」

協議会からの呼びかけで、「水俣・芦北バトン」などの復興支援企画に参加した梶原さんは、芦北町の山間でお茶を栽培している農家の3代目。球磨・人吉に隣接する集落で「お茶のカジハラ」として、無化学肥料・無農薬で茶葉を栽培し、伝統的な釜炒り茶や和紅茶を製造・販売しています。令和2年7月豪雨の際は、2.3ヘクタールある茶畑の数カ所が崩れ、自宅も床下浸水という被害を受けました。「茶畑はどれも傾斜地にあるため、大雨と土砂崩れで表土が全部流れてしまって、簡単には元に戻らないので、残った畑だけを使って栽培を続けています」(梶原さん)。

豪雨被害を受けた梶原さんの茶畑
豪雨被害を受けた梶原さんの茶畑。1反(約300坪)の茶畑が崩れた

熊本県は国産紅茶発祥の地と言われ、なかでも水俣・芦北は県内の紅茶生産の約7割を占め、毎年水俣市で「九州和紅茶サミット」を開催するなど、ここ数年「みなまた和紅茶」として全国に知られるように。そして梶原さんも生産者グループの一員として、PRイベントや自家製フレーバーティの考案などさまざまな取り組みに挑戦しているそうです。昨年、フランスパリで行われた「ジャパニーズティー・セレクション・パリ」において、梶原さんが出品した和紅茶が銅賞を受賞するなど、世界的な評価も受け、梶原さんの作る和紅茶の愛好家の輪は、日本だけでなく世界にも広がっています。

愛情を込めて育てた茶畑と梶原さん
愛情を込めて育てた茶畑と梶原さん

「今回の『水俣・芦北バトン』という新商品の企画もみなまた和紅茶の仲間と一緒に参加しました。ただ紅茶を売るだけでなく、各自がこだわっている点やこの土地の茶の魅力を短い物語にして商品と共に発信するのは初めてだったので嬉しかったですね」と梶原さん。「今後も、茶摘みイベントやオンラインお茶会、よもぎを使ったオリジナル紅茶など、この土地ならではのお茶の魅力をPRしていきたい」と、優しく力強い笑顔で話してくれました。

「水俣・芦北バトン」の一つとして企画開発・販売された「みなまた和紅茶」
「水俣・芦北バトン」の一つとして企画開発・販売された「みなまた和紅茶」

意外だったのが、水俣・芦北でさとうきびが栽培され、黒糖が作られているという事実。「水俣・芦北バトン」の一つに「北風と黒糖」という商品があります。これは芦北町で障がい者の就労支援施設を運営するばらん家(ち)というNPO法人が製造した黒糖です。

「ばらん家(ち)」の副理事長、松原孝樹さんと代表理事の松原久美子さん ばらん家が作った黒糖
さとうきび栽培を行っているNPO法人「ばらん家(ち)」の副理事長、松原孝樹さんと代表理事の松原久美子さんとばらん家が作った黒糖

佐敷川が不知火海に流れ込む地にあたる佐敷地区は、豪雨の際、多くの家屋が床上浸水などの被害を受けました。ばらん家が運営する施設やさとうきび畑、さらに代表理事の松原久美子さんの自宅も例外ではありません。「運営していたグループホームや子ども食堂、事務所など全部水に浸かってしまい、送迎車も4台だめになりました」と当時の様子を教えてくれたのは、副理事長の松原孝樹さんです。

復旧に1年かかり、本当に大変な状況だったと笑顔で振り返るお二人
復旧に1年かかり、本当に大変な状況だったと笑顔で振り返るお二人

代表理事の久美子さんが平成19年にNPO法人を立ち上げ、その4年後、就労支援の一環として耕作放棄地を利用したさとうきび栽培を始めました。孝樹さんは畑の被災について、「寒さに弱いので、あえて海に近いところに植えていたから大変でした」と話します。「畑に入り込んだ泥を撤去したり、排水路を整備し直したり、さらに翌年も塩害で芽が出なかったりと、ショックを受けている暇はありませんでした。ボランティアの方々の手も借りながら、数ヵ月にわたり復旧作業を続けました。冬には、さとうきびもなんとか通常の半分の量を収穫できるまでになりました」(孝樹さん)。

コロナ禍で、福祉事業所としても大変な状況が続く中、ばらん家では職員と障がいを持つ方とで協力しながら、農薬に頼らずさとうきびを栽培しています。幾度も失敗を重ねながら自分達で研究を進め、今では1釜あたり400kgのさとうきびから40kgの黒糖が作られるとのこと。「添加物を使うともう少し多めにできるのですが、うちのはひたすら煮詰めるだけの製法。だからこそ味わえるさとうきび本来の味を多くの人に知ってもらいたかったので、今回のバトン企画で特徴をしっかり伝えられ、ありがたかったです」と久美子さん。孝樹さんも「黒糖をかじりながら、みなまた和紅茶を飲んでもらえたら」と笑顔で話してくれました。

「水俣・芦北バトン」の一つ、ばらん家の黒糖を使った商品「北風と黒糖」
「水俣・芦北バトン」の一つ、ばらん家の黒糖を使った商品「北風と黒糖」

水俣・芦北地域といえば、柑橘類の宝庫。海風と温暖な気候がおいしい果実を育みます。水俣市で「からたち」という生産者グループを運営している大澤さんは、農薬はもちろん、有機肥料も与えない柑橘の自然栽培に取り組んでいます。そのルーツは、ご両親にあります。約50年前、水俣の海が汚染された結果、漁師のなかには海から陸に上がり、甘夏栽培などに転向した人たちがいたそうです。しかしそこでも農薬の害があることに疑問を持つようになり、そういう仲間たちとご両親が始めたのが、自然栽培の甘夏みかんの栽培・販売活動でした。

「からたち」の大澤菜穂子さん。
「からたち」の大澤菜穂子さん。2016年に3人で立ち上げ、現在は20名ほどの生産者が参加

水俣病という歴史を持つ水俣地域には、オーガニックやエコロジーといったことに早くから着目し実践してきた人たちが多いかもしれない、と大澤さんは話します。実際、ご両親の無農薬甘夏も、それを欲する個人客に直接売ることで、40年も活動を続けることができたのです。からたちの柑橘類も小売店の店頭にはほとんど並ばず、環境や食の安全への意識が高い人たちに直接届けられています。

甘夏 からたちの商品
口コミでお客さんが広がっているという、甘夏やからたちの商品

今回の復興支援企画では、からたちの甘夏の皮と不知火海で採れたいりこを使った特製のおやつを「水俣・芦北バトン」の新商品として販売しました。無添加のいりこと無農薬の甘夏、まさに水俣病を乗り越えた海と陸のコラボです。「シンボリックな食材の掛け算で水俣らしい一品になりました。みかんの皮がピリッとしていて、お酒のつまみにもおすすめ」と大澤さんも太鼓判を押します。

「不知火海のOYATSU 海と山は恋人 by karatachi」
「水俣・芦北バトン」の一つ、「不知火海のOYATSU 海と山は恋人 by karatachi」

さらに、FFGのオンラインストア「エンニチ」で開催したキャンペーン「エシカルマルシェ」にも、からたちの甘夏みかんを出品したところ、全国から注文が入りわずか3週間で60セット以上を売り上げました。「常連さんに頼らず、若い人たちにも水俣の柑橘を知ってもらいたかったので、エシカルマルシェで生まれた縁は本当にありがたい」と言う大澤さんは、こう続けます。「30代で水俣に帰って来たのですが、ただみかんを売るだけなら戻っていなかった。両親をはじめ、多くの人たちの思いがつまったみかんだったから、戻らなければと感じました。この思いを次の世代へ継承するため、丁寧に作り続けたいと思っています」。

「エシカルマルシェ」を「エンニチ」上で開催
3月の約1ヵ月間、エシカル消費に意識の高い生活者向けに「エシカルマルシェ」を「エンニチ」上で開催

災害やコロナ禍…地域と事業者の支援として銀行ができること

近年、毎年のように九州各地が豪雨などの災害に見舞われています。さらに、なかなか収束が見えないコロナ禍も重なり、多くの事業者や地域で多様な支援が求められています。
今回は、令和2年7月豪雨災害から観光復興を軸に、多角的な支援を行った水俣・芦北地域の模様をご紹介しました。
観光誘客により創造的な復興を実現させたい熊本県と、長年にわたりサステナブルな高い基準で活動を行っている水俣・芦北地域の生産者・事業者。FFGの一員である熊本銀行では、両者への支援として、観光誘客や販路拡大、ビジネスマッチングのお手伝いといった面からサポートを行ってきました。
これからも地元の金融機関として官民をつなぎながら、効果的な復興支援に力を入れてまいります。

熊本銀行水俣支店の皆さん
水俣・芦北地域の事業者に寄り添い、地域活性化に取組む熊本銀行水俣支店の皆さん(左から、平田さん、野田支店長、鎌田課長代理)