ストーリーでつながる、銀行系地方創生メディア

bank baton

STORY 05 | 地域とコト

復旧で終わらせない。“eスポーツ”で災害“復興”を目指すストーリー。

1800年の歴史ある温泉郷に発生した豪雨被災

阿蘇郡小国町に位置する杖立温泉は、中心部に杖立川が流れ、春にはおよそ3,500匹の鯉のぼりが舞う約1800年の歴史を誇る温泉郷です。
春の風物詩として群れを成すように鯉のぼりを泳がせる本イベントは、現在は全国で見られますが、その発祥地がこの杖立温泉です。旅館を主とした観光は、杖立地区の基幹産業でもあり、域内での従事者は多く、昭和を思い出させてくれる懐かしさを感じさせてくれます。

1_豪雨発生後の杖立地区の様子
豪雨発生後の杖立地区の様子

ところが2020年7月に歴史ある温泉郷に危機的な状況が発生します。熊本県内を中心に発生した豪雨は、杖立温泉に未曾有の被害をもたらしました。
温泉街が位置する中心部は警戒水域をはるかに超える高さ10メートルとなり、2階の窓まで濁流が押し寄せる事態となりました。幹線道路の国道212号も被災により寸断され、地域は一時孤立状態に陥り、特に人の移動が伴う観光産業は甚大な被害となりました。
旅館の被害は床上浸水ならず、浴場への土砂侵入、水タンク破損、配管や基幹設備の被災により、休館を余儀なくされ、2016年の熊本地震を地元一丸となり復興を果たした杖立温泉にまたも危機が発生した事態となりました。

被災からの復興に向けて

そのようななか、地元では「何としても杖立温泉を復興させないかん」との思いから、土砂や廃材の撤去、迅速な復旧を行い10月には約7割の旅館が営業を再開できるようになりました。
しかしながら、営業再開はしたものの、コロナ禍のなかで客足は思うように回復せず、約3割の旅館が休館しているなかでの復興への取組みは思うようにいきませんでした。
そんな中でも歴史ある温泉郷には、幾度となく危機を乗り切った杖立DNAを受け継いだ人々がいます。杖立温泉観光協会の権藤協会長や小国町の元町長の宮崎さんをはじめ地元一丸となり、「復旧では終わらない、真なる復興を果たそう!」との気持ちで進めていきました。

地域、地元金融機関、地元新聞社が一体となった取組み

ちょうどそのころでした、熊本県内の地元金融機関「熊本銀行」と地元新聞社「熊本日日新聞社」の両社が豪雨から熊本の地元企業として復興支援のために両社が出来ることを模索していました。
熊本銀行、熊本日日新聞社の考えは、地元有志と同じで復旧ではなく復興、それも杖立温泉の良さを活かし、幅広い層へ「杖立元気です」をアピールするとともに「温泉郷の良さを伝えたい」ということでした。

2_熊本銀行担当者内田さん/熊本日日新聞社担当者上田さん
熊本銀行担当者内田さん/熊本日日新聞社担当者上田さん

熊本銀行、熊本日日新聞社の考えは杖立の皆様の考えと同じで、そこで皆のアイデアで生まれたのが「新しい取組みを行なうことで、良さを残しつつ進化する杖立温泉を幅広い年代にPRしたい」、「杖立を知ってもらい、来てもらい、ファンになってもらいたい」そんな取組みをしたいということでした。
そこで生まれたアイデアが昔ながらの温泉郷での最新のコンテンツを折り込んだeスポーツイベントの取組みです。
そうと決まれば早速動きます。熊本銀行の内田さんは、小国支店の村田支店長に連絡をし「eスポーツの取組みを復興の起爆剤として行いたい、地域の方々にプレゼンしたい」と伝えます。
すぐに村田支店長も動きました。杖立温泉が位置する、小国町の宮崎前町長に相談し、3日後には今回の関係者である地元有志の方々一堂に会しました。熊本銀行からのプレゼンを受け、地元有志の反応は「とにかくやってみよう」でした。

3_杖立温泉観光協会権藤協会長、熊本銀行小国支店村田支店長、宮崎小国町前町長
杖立温泉観光協会権藤協会長、熊本銀行小国支店村田支店長、宮崎小国町前町長

「始めに聞いたときはeスポーツが何かも知らなかった」と杖立温泉観光協会の権藤協会長は後にこう語っています。
やると決めてからは、流石1800年のなかで様々な困難を乗り越えてきた杖立温泉の有志です。地元一丸となり、早速イベント実施に向けて動き出しました。
「全く初めての取組みですので、不安がないと言えば嘘になりますが、熊本銀行さん、熊本日日新聞社さんのサポートもあり不安は日を追うごとに消えていき、楽しみにかわっていきました」と杖立温泉観光協会の瀬津田さんは語っています。会場をどうするか、昼食の手配は、当日の対応は、皆の役割が次々と決まっていきます。
順調に進んでいくと誰もが思っていた12月末、またも危機が発生しました。コロナ発生者の急激な増加、第3波の到来です。東京を主とした感染者増加は熊本県にも大きな影響があり県内のリスクレベルも最大の5まで上がりました。
企画運営を担った熊本日日新聞社の上田さんは「コロナ発生のなかでは参加型の大会は難しい、このまま進めていけば杖立に迷惑をかけることになる」日々増加する熊本県内の感染者数を見るたびに悩みました。このまま開催を進めてよいか、だれもが悩みました。
そのなかで、皆で決めたことは、「何事にも前向きに考えていく!withコロナに対応した取組みをしていこう!それはリスクを最小限に抑えつつ、最大限のイベントを実施する」でした。
そこで、出てきた取組みは、「eスポーツイベントの計画はプロ選手を杖立に招聘し、オンラインを活用した参加型のイベントを主軸に開催する」でした。
しかも完全オンラインではなく、杖立温泉会館をイベントの発信拠点とし、PCR検査を受けたプロ選手を杖立に招聘、地元高校等のeスポーツ部の生徒等をモニターとして会場に参加してもらうようにしました。
リアル(現実)とヴァーチャル(仮想)の融合イベントが誕生した瞬間でした。

4_「e湯でeスポ」ポスター
「e湯でeスポ」ポスター

豪雨、コロナ禍、さまざまな困難を乗り越えて迎えたイベント当日

2021年2月6日土曜日、いよいよイベント開催日です。寒冷地として冬場は路面凍結も珍しくない杖立地区ですが、この日は天候にもめぐまれ、気温も前日から10度程度上がり春の陽気となりました。
会場の杖立温泉会館の外観は木造の昔ながらの建物ですが、中に入り検温や消毒を済ませ会場にたどり着くと、前面に大型スクリーン、左右には赤と青の対戦ブース、最新の音響が響きわたります。

5_1_会場の様子
会場の様子
5_2_小国町渡邉町長より開会式の挨拶
小国町渡邉町長より開会式の挨拶

もちろん小国らしさの木のテイストも融合させ、過去と未来が混在しているように感じる別世界です。
小国町の渡邉町長号令のなか試合開始!

5_3_競技中の様子
競技中の様子

会場には世界王者や日本トッププロが参上、世界最高峰の技の応酬、熊本武将隊のアドリブの聞いた司会が更に会場を盛り上げます。
コロナ対策も徹底し、検温、消毒、換気等を徹底したことで、コロナ感染者は0となりました。

6_1_モニターツアーに参加する学生たち
モニターツアーに参加する学生たち
6_2熱々に蒸した食材を提供する、地元旅館、米屋別荘の館主河津さん
熱々に蒸した食材を提供する、地元旅館、米屋別荘の館主河津さん

更にリアルの取組みも行ないました。当日のモニター参加の高校生達へは会場でのプロ選手の観戦のみならず、杖立温泉の魅力を知ってもらうため、蒸し器や足湯の体験を実施しました。後日のアンケートでは全ての参加者が満足と回答する、充実したイベントを提供できました。
オンラインでの視聴者数も1万人(*2021.3.22日時点)を超え、イベントは大盛況となり、杖立温泉の魅力も充分対外的にPRできた取組みとなりました。

7_1_足湯体験をする学生
足湯体験をする学生
7_2_足湯体験をする学生
足湯体験をする学生

杖立への思いと更なる飛躍に向けて

皆が満足する取組みとなりましたが、杖立復興の取組みは始まったばかりです。
豪雨から8ヶ月足らずで被災の傷跡を感じさせない杖立温泉。1800年の歴史のなかで、幾度となく危機を乗り越えてきた杖立DNAは今も地域に根付いています。