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STORY

「災害公営なら熊本銀行へ」
思いが人を動かし、やがて大きな実りとなる

Text: Wataru Sato / Photo: Shintaro Yamanaka

「いまから2週間以内に、全国でも前例のない取組みへの融資証明を出さなければいけない。それも、地元企業1社に対して」。そんな不可能と思われるミッションに果敢に挑んだのが、熊本銀行のメンバーです。今回の災害公営住宅の事例を実現させるために必要不可欠だった融資。普段、地域のお客様のためと言いながら、いま動けないのなら自分たちの存在価値はない。そんな強い決意とともに実現にこぎつけた過程を、あらためてお聞きしました。

前代未聞の案件に、支店長がとった行動は?

今回の災害公営住宅の事例におけるキーとなった、買取型という仕組み。村の敷地に事業者が住宅を建て、完成後に村が買い取る方式ですが、その最大のネックは事業者側の資金調達にあります。通常は、村から発注を受け、その資金で建設を進めることができますが、買取型は建物の完成まで、建設費用を事業者が負担しなければなりません。
村と売買契約を結ぶため入金は約束されているものの、事業者は西原村山西・河原地区の災害公営住宅の事業費を先行して負担するため、銀行からの融資が必要不可欠です。

震災被害への初期対応が終わった、2017年9月ごろ。株式会社エバーフィールド担当の嘉島支店(現営業推進部)の副支店長が、青ざめた顔で劔持智哲支店長のところに相談に来ました。支店長は当時を振り返ってこう言います。
「『エバーフィールドの久原社長が、西原村への復興住宅57棟の総事業費への融資証明発行を至急対応してほしいと言っている』と言うんです。しかも、通常の請負契約ではなく、買取型であると。私たちはその当時、買取型の仕組みさえ理解していませんでした。しかし、まずは久原社長に会って話を聞いてみようとなり、アポイントを取りました。そして、社長の話を聞くうちにだんだんと、この事業を支援してみたいと思うようになっていきました」

自分たちの存在意義を問い直す

災害発生時に銀行がまずすることは、事業主の状況を確認すること。熊本地震のときも、直後からローラー作戦で取引先を訪問し、困りごとがないかを聞いて回りました。「返済期限を延ばしてほしい」「事業所を移さなければいけない」「人を紹介してほしい」などなど、非常時にはたくさんの相談事が舞い込み、それに対応するだけで職員も手一杯。そこに来て、久原社長からの相談。銀行内でも、一度は諦めムードが広がりました。

「しかし、私たちは考え直す必要がありました。地域の活動を支援し、地域を活性化するのが地方銀行の使命。であれば、地域住民のために、災害公営住宅を作ろうとしている久原社長たちを全力で支援するのが、私たちがすべきことなのではないかと」
これは熊本銀行の存在意義をかけた事案になると、劔持支店長は予感しました。

そこから、ソリューション営業部として融資案件の推進を担当する桐原健さん、融資部(現ソリューション営業部)で審査担当だった村島隆文さんも加わり、検討に入ります。久原社長と打ち合わせを重ねて、その強い思いにほだされる。久原社長に勧められた応急仮設住宅の資料や本を読み込み、買取型の仕組みとリスクを学ぶ。資料をつくり、上役の質問に何度も答え、より詳細に資料をつくる。そうしているうちに、久原社長の思いが支店長の思いになり、やがてチーム全体の思いへと変わっていきました。
「15年間銀行に務めていて、これほどの一体感を味わったのは初めてです」
桐原さんがこう語り、村島さんはこう返します。
「審査役は本来、事業の本質を理解することで、リスクの所在を明らかにし、慎重に判断するのが仕事。しかし、リスクを検証しながらも、この事業を応援したい気持ちは営業担当と同じでした」
通常であれば、前例のない巨額な融資案件の審査には時間を要するもの。それを、2週間のうちに役員会まで通し、ついに融資を決定。エバーフィールドはこの資金をもとに無事に着工を開始し、最終的には全国から絶賛を受ける災害公営住宅を完成させることになるのです。

審査担当の村島さん(左)と、推進担当の桐原さん(右)。通常であれば、検証役の村島さんと推進役の桐原さんだが、この時ばかりはふたりとも夢中で前を向いた

あなた=地元の人の、いちばんになりたい

この成果を皮切りに、益城町の田中地区、福原地区、田原地区、砥川地区、宇城市と、エバーフィールドは連続して災害公営住宅を手がけることになり、そのすべてを熊本銀行がサポートすることになりました。災害復興の情報共有のため全国を講演して回った際も、久原社長は銀行の支援の大切さをアピール。そのため、「災害公営住宅なら熊本銀行で」というイメージができあがり、復興支援において確かな存在感を発揮することができました。ここで勝ち得た信頼は、その後さまざまな形で生きてくることとなります。

「携わらせていただいて、幸せな案件でした。震災からここまでの一連の出来事は、きっと人生の中で忘れることはないでしょう。FFGグループとして掲げる『あなたのいちばんに。』という言葉を、ようやく実践できた気がしています」
劔持支店長は晴れ晴れとした表情で、そう語ってくれました。

三千年に一度と言われる大震災がもたらした、甚大な被害。しかし村も工務店も銀行も、早々に前を向き、チャレンジを続けていました。地元のまちを、自分たちの手で立て直す。それも、よりよい未来へ向けて、新しい試みとともに。この事例から、私たちが学びとれることは多くあるはずです。

KUMAMOTO BANK KASHIMA BRANCH

熊本銀行 嘉島支店

熊本地震の中でも被害がもっとも大きかった益城郡に所在。以前より、地域に密着した銀行として地域の事業主をサポートし続けてきた。震災時は、1.5トンある銀行内の金庫が動いたほどの揺れとなり、支店内でも被害はあったが、FFGグループのサポートもありすぐに復旧。エバーフィールドとの連携後には災害公営住宅の案件が途切れることなく舞い込み、熊本銀行の中でも特別な支店となった。